ギターのはなし

良いギターとは ~ギターファンの陥りやすい判断の誤り~

ギターはたくさんの短所のある楽器です。例えば、音が小さい、ダイナミックレンジが狭い、音域が狭い、どんな和音でも出せるわけではない、それに加えてやたらに難しい。では、どうしてギターが素晴らしい楽器なのでしょう。長所としては、価格が安いものから始められる、一人でも楽しめる、持ち運びが便利、1台でメロディ・コード・リズムの全てを表現できる。さらに、単純なコードでも実際より厚く感じられる等々が挙げられますが、何と言っても決定的なものは「もっとも美しい音で、弾き手の感情を直接表現できる楽器のひとつである」ことにあるのです。要するにギターの良さとは「音の美しさ」に尽きると言っても過言ではありません。したがって、良いギターとは、「美しい音を出せるギター」と言えます。「音の美しさ」と言っても、まるで抽象的で掴まえどころのない話です。そこで、この「音の美しさ」をもう少し具体的にイメージできるお手伝いをさせてください。これこそが、「良いギター」を手にするために一番大切なことなのですから。

「美しい音」を自分なりに(美しい音に対するイメージは一人一人違っていて構わないと思うのですが)はっきり把握するために手助けとなるポイントを次に挙げてみましょう。それらは言葉の純粋な意味での「美しさ」を直接的に論ずるのではないのですが、音楽を表現する道具であるギターに必要なものは一体何か、ということには全て関係しています。それこそが「良いギターとは何か」に対する答えに結び付くはずです。

1.高音ばかり良く鳴るギターは要注意

ギターファンのほとんどがメロディー重視の誤りに気付いていません。ギターを選ぶ時、高音(特に1、2弦)の鳴り方が一番気になりませんか? 当然、高音は美しく伸びやかに鳴り響かなくてはいけないのですが、問題はどんな音なら鳴り響いていると言えるのか、です。ついつい、1弦が鳴っているギターを良いギターと錯覚しやすいのですが、1弦と同じように、いやそれ以上に中低音が鳴り響いているかに注意を払いましょう。これは簡単な例をあげればすぐに理解して頂けます。ピアノの最低音と最高音の鳴り方を比較してみて下さい。グワーンとなる低音に比較すれば高音はピンピンと、か細く鳴っていませんか? でもこれでバランスが取れているのです。なぜでしょうか? 人間の器官というのは、非常に便利、合理的にできていて、耳の場合なら、例えば本を読むのに夢中になれば周りの音を全く聴こうとしませんし、聴きたい音があればちゃんとその音を他の音から選別して聴くことが出来るということは皆さんよく経験なさっているはずです。ですから、メロディー部分 (高音に多いわけですが)は少し小さめでも、しっかり聴いているわけです。逆に言えば、メロディー部分以外は少し強めで丁度良いということが言えます。「和音を弾く場合、下の音を少し強めに弾きなさい。(要旨)」(藤原義章著「リズムはゆらぐ」)ということは演奏上の注意ですが、楽器本来の性能的にも同じことが言えると思います。土台がしっかりしていない音はやはりダメで、高音だけが鳴っているのでは結局音楽が薄っぺらなものになってしまうというわけです。何故かギターファンには高音重視主義の人が多いのですが、面白いことに、ギタルラ社が1965年の創業以来扱ってきた銘器中の銘器といわれるギターは全て低音が充実して鳴り響き、高音部は決してファンファン言うのではなくピーンと突き抜けるか、スイスイと抜けの良いギターばかりでした。

2.倍音がやたらに多いギターは要注意

よく芯があるとか、芯が強いとか言います。これも難しいですね。「芯」というのは「基本の音、あるいは実音」と理解して下さい。要するに、今弾いた音そのものです。実際には、弦が振れて楽器が反応し、さらに他の弦が共振することで多くの倍音が発生し、複雑な響きが生まれているのです。例えば、1弦の12フレットを押さえて、弾いた直後に右手で1弦のみを消音してみて下さい。消音したはずなのにファーンという響きが聞こえますね。これが倍音なのです。さて、この倍音が豊かに鳴ると実に気持ち良いものです。風呂場で歌ったり、エコー付のカラオケマイクを思い浮かべれば一番近い感覚でしょうか。ところが、ついついそうした倍音の多いギターが良いギターだと錯覚してしまうことが問題なのです。絶対に必要なものだけれど、それだけではそれこそ絶対ダメというのが倍音です。なぜなら、手もとでは良く響いていて気持ちよいけれど、倍音には遠鳴りする力はありませんし、和音が濁ってはっきりしなくなりますし、中低音にメロディーが来た時などモコモコしてしまう等々の欠陥がどうしても出てしまう上に、結局そうしたギターは耳が疲れやすかったり、音が単調ですから音色そのものに「飽き」が来やすかったりするものなのです。したがって良いギターは必ず「芯のある音がする」ギターなのです。

正直に申しましょう。最近の海外の若手演奏家の多くは音の芯が細く、倍音のやたらに多いギターを使っていることが多くなりました。素晴らしい名手揃いではありますが、音は軽く、ピャンピャンとかヒュンヒュンとか表現される音で、どうしても心に訴える力は弱く、「上手いなぁ……」以上の感銘をあまり感じないのは、音そのものの力に問題の一端があると思うのです。

なぜ、このようなことになってしまったのでしょう? 現在、歴史的名器と呼ばれているギターが新作だった時期に、楽器によっては初期の音は反応が鈍く、若干鳴らし難いという特徴を持ったものが確かにありました。

そうでなくとも、多かれ少なかれ、新しい楽器はいかにも出来たてで生々しく、且つ、若い未熟な音がしますので、十分に鳴っていないなと感じることがあります。例を挙げますと「クラシック・ギター史上最も男性的な迫力を持つパワフルな楽器」と称されるイグナシオ・フレタは、楽器本来の音が鳴り出すまでにかなり時間がかかったそうです。しかし、当時は製作家と演奏家双方で「ギターという楽器は弾き手が十分に弾き込み、最終的にその楽器の持つ音のポテンシャルを引き出すもの」という不文律が、当たり前のこととして認識されていました(もちろん、現在の製作家や演奏家の方々もそのように認識している方はたくさんいらっしゃいます)。

しかしながら、1980年台半ば以降、一部の新進ギタリストたちの「そんな面倒な手間は省いて、最初からバンバン音が出る楽器を作れば良いのでは? 」という要望が反映され、ギター製作上のコンセプトが「音」よりも「音量」や「弾きやすさ」を重視したものに大きく変化した楽器が、特に欧米において、とても増えたのです。この様な楽器は最初から軽いタッチで弾いても楽に発音することが出来ますから、プレイアビリティ(弾きやすさ)の向上に貢献したことは、確かな事実だといえるでしょう。この流れが、結果として奏法そのものの変化に繋がったように思うのです。

「豊かな音量」や「弾きやすさ」はギターという楽器にとって必要不可欠な要素です。しかしながら、それにだけ固執してしまうと、前述のとおり倍音が従来の楽器よりも強めになりがちです。これを側鳴りと云って、弾き手には音量が増しているように感じますが、意外と遠鳴りせず、音そのものもギターという楽器の最大の長所である「音色の美しさ」や「表現力の豊かさ」が、かなり犠牲になってしまうと言わざるを得ません。

もちろん、現在の製作家の新作楽器にも何ら奇をてらうこと無く製作され、将来的に名器と成り得る可能性を秘めた素晴らしい楽器はいくつも存在します。そして、一方で歴史的名器の全てが良い楽器とは限りません。中には数十年もの時を経て、楽器の状態によっては本来の音が失われ、実用的価値が全く無くなってしまっているものも少なくありません。

もし、楽器店で様々なギターを試奏する機会に恵まれましたら、ぜひ倍音の鳴り方にも意識を向けてみてください。

3.ウルフトーン(狼音)が余りはっきりしているギターは要注意

ギターは一つの箱(共鳴体)です。したがってその箱が一番鳴りやすい音の高さというものを必ず持っています。試しにご自身のギターの1弦開放弦から12フレットまで、ゆっくりと同じ力で順々に弾いてみてください。必ず2ケ所、隣の音より良く鳴る、あるいは響くと感じる場所が見付かるはずです。1オクターブの中で2ヶ所、特に共鳴しやすい、これはギターに限らずアコースティック楽器全てに生じるのですが、実はこれこそが「ウルフトーン」と呼ばれ、よく鳴っているのではなく、狼が吠えているのに似ているという意味からつけられた名前なのです。

では、このウルフトーンがない楽器はないのでしょうか? 結論から言えば、ありません。でも、目立たない楽器は数多くあります。すなわち、ギターで言えばフレットとフレットの間にウルフトーンの場所が来ることで、どちらの音もあまり目立たないというわけです。「この辺りがちょっと鳴りやすいかな……? 」という位が良いギターの条件を満たしていることになります。

しかし、ウルフトーンがあって困る場所があります。それはちょうど開放弦にぴったり合ってしまう時で、特に「ミ・レ・ラ」は実用上困る場合が多く、避けたいものです。ミにある場合、1弦12フレットも良く鳴るわけで、アマチュアの方々は「このギターは良く鳴る」なんて錯覚しやすいので気をつけましょう。大体ミ音などは他に共鳴しやすい弦を元々いくつも持っているのですからウルフトーンは避けなくてはいけない位置なのです。要するに、どこかの箇所が「極端に」ウワーンと鳴るのは悪いことであり、ある音にぴったりとウルフが来ているギターは、その音が大事なところでよく使う音の場合は避けましょう。

「極端に」と書きましたが、極端でなければギターの場合には、ご自分の楽器の特徴として演奏時に気をつければ済む場合が多いからです。ヴァイオリンのような弓奏楽器は、全く「楽音」にならないのですが、ギターはそれ程ひどいのは稀であることも頭に入れておいて頂きたいと思います。銘器フレタやハウザーのほとんどにかなりのウルフトーンがあるのも事実ですから。

4.鳴らないギターの音は「美しい」

ギターは他の楽器に比べて音量の小さい楽器です。ですから少しでも音量のある楽器は良いギターといえますが、音量を追求すると音質とのバランスが難しくなります。しかし、そこを克服しているギターが本当に良いギターなのですし、そうしたギターはちゃんと存在しているのです。

時々、「私は音質重視なので、音量はなくても美しい音のギターを選ぶ」という方がいて、まるで鳴らないギターを後生大事に持っていたりします。音質重視は結構なのですが、これは「音質」という意味を非常に狭く捉えていると言えましょう。電子楽器の音はその純粋さから言えば、まことに「美しい」のですが、それを美しいと感じる人は少ないはずです。

楽器であり、しかも音量の小さいことが欠点とされるギターである以上、よく鳴り響いて多彩な表現に応えうる美しい音、これこそが求められねばなりません。鳴らないギターは、貧弱な基音と、ほんのわずかな倍音しか持ちませんから、音そのものは純粋ですっきりしています。要するに「美しい」のです。でも、そうしたギターから生まれる音は、表現の幅も当然狭く、魅力的な音であるはずもないので、結局のところ奏者を満足させることも出来なくなるに違いありません。

5.重い音と軽い音

野球投手の球に重い軽いがあるように、ギターの音にも重い軽いがあります。重い音、というのは決して鈍い感じではなく、結構敏感でありながらズーンと質感をもって伸びる音です。遠達性に優れているだけでなく、音楽表現上もオールマイティーな利点を持ちます。というのは、重い音は弾き方によって軽く聞こえるようにもできるからです。

この逆は不可能なのです。したがって、鋭敏さを備えていれば「重い音のギター」は大変良いギターと言えます。「鋭敏さ」と「重さ」とは決して相反するものではないことを記憶しておいてください。さて、この様に言うと軽い音はそれだけでダメなように聞こえてしまいます。しかし、決してそんなことはありません。歴史的な銘器の多くはむしろこの軽いタイプの音を出すギターの方が多いのですから。

問題はただ軽いだけではやはりダメということにあります。「軽いけれども良い」ためには、高音部がキツいあるいは強い、あるいは引き締まっている感じで、低音部はゴーンといわゆるドスの効いた響き、そして全体的には優れて鋭敏なことが必要不可欠です。こうした音なら、決して軽っぽく聞こえることはありませんし、ゴーンと鳴る低音などは、よく重い音と間違われることがある位です。実は、あの迫力あるフレタの音は、分類すれば軽い音に入るのです。

【重い音の名器】
ハウザー1世&2世(ドイツ)、マヌエル・ベラスケス(アメリカ)、ロベール・ブーシェ(フランス)など

【軽い音の名器】
サントス・エルナンデス(スペイン)、マルセロ・バルベロ(スペイン)、アルカンヘル・フェルナンデス(スペイン)、イグナシオ・フレタ(スペイン)、ホセ・ルビオ(イギリス)など